満たされたいとおもっている


気持ちが悪い。
初めて口吸いをした折に、開口一番佐吉がつぶやいた言葉である。
血色の悪い唇から息が白く色づいてが消えてゆくのをぼんやりと見送る。
冬がすぐそこまで迫っていた。部屋の隅で、火鉢がぱちりと音を立てる。

気持ちが悪いなどと言うなよ。
いや、だけれども、

息が、うまく出来ぬのだ。
そう言って、わずかにうつむき目を逸らした佐吉に思わず噴き出してしまう。
夜着からのぞく細い腕を取り、もう片方の手であごの先を持ち上げこちらを向かす。
まるでガラス玉のように丸く大きな瞳と目が合った。それらを縁取るまつげがゆらりと揺れる。
行灯の明かりに照らされて、涙ぶくろの上にうすく影をつくっている。ほう、とため息がこぼれた。

鼻で、息をすればいいんだ。
…相分かった。

そうして再び唇を重ね合わせたが、すっかり冷えきってしまっていた彼のそこに驚き
すぐに離してしまったところを、不思議そうにこちらを窺ってくる彼に
何でもないとなだめるように抱きしめて、三度口づける。
下唇を嘗め上げると、くぐもった声で制止がかかった。仕方がないので、今度は上唇を食んでやる。
胸のあたりに置かれた彼の両の手が、無意識に自分を押し返そうとしている。
けれども口を開くよう請えば、おずおずとそれに応えてくれるため、堪らず舌を差しこんだ。
唇は冷え切っていたにもかかわず、中はひどく温かい。内側の粘膜を嘗めれば、唾液が舌に絡みつく。

(佐吉は、こんなにも甘いのか。)

舌を吸う度にちゅくちゅくと音がする。
静まりかえった部屋にそれはやけに耳につき、佐吉の白い頬を赤く色づけた。
はじめは強張っていた彼の肢体が今ではこちらに寄りかかるようになっている。
ただただ愛おしかった。

はあ、と大きく息を付いて唇を離すと目尻に涙を浮かべた彼が
肩で呼吸をしながらこちらをぎりと睨みつける。
その眼光の鋭さたるや、さながら鍛練中を思い起こさせるほどであったのだが
なぜだかどうにも可愛らしく思えて、彼が舌足らずに自分の名を呼ぶのを待たずに
もう何度目か分からない口づけを送った。




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