ほんとうはもっと歪んでいる
角が生え、名実ともに鬼となった主だが、一つだけ困ったことがあった。
それは昼間に動けなくなるということである。鬼は、日の光にひどく弱い。
おのずと主は、夜中に起きて政務をこなし、昼間は静かに部屋で過ごすことが多くなった。
けれども大きな戦があるときには、さすがにそうも言っていられないので
自分が調合した寝ずの薬を服用し、戦場に赴いた。あの、厳つい鬼の面を付けて。
主が敬愛する武田の虎は、その様を見て、はは、と笑った。
ますます男が上がったのう、幸村。
そう言って、指先で顎を撫でながら眩しそうに目を細めるのだ。
彼も大概、おかしなお人だと思う。
主は、夜目が利くようになったからか、夜な夜な寝所を抜け出して、
森の中で一人鍛錬をするようになった。
二槍の穂先に燈る火は、遠目から見るとまるで火の玉のように見えるらしく、
あの森には戦で亡くなった者の霊が住み着いてしまっているのだと、
そこかしこでまことしやかに噂が流れるようにまでなってしまった。
ある時、からかい半分で主にそれを話してみると、彼は、むう、と考えこむような素振りをして、
ほんとうにそうかもしれぬなあと感慨深げにのたまった。
もはやこの朱槍で、いくら人を斬ったかすら覚えておらぬ。
その者どもに恨み呪われても致し方ないし、文句も言えぬ。
けれどもな、と主は額の角の片方を指で撫でた。それは、ほぼ無意識であるように思われた。
某はまだ呪い殺される訳にはいかんのだ。お館様のご上洛を、この目で見届けるまでは。
だから。すっとその目が細められる。それまでは、死霊の一つや二つ、すべて喰ろうてやるまでよ。
※タイトル※
はだし様(http://nobara.chu.jp/sss/index.html)