それはそれは美しいゆめを見ている(鶴姫と家康)
東の総大将と呼ばれる彼は、兎にも角にもよく食べ、よく眠る人物だった。
朝日と共に起きい出し、三食きちんと膳のものを平らげ
政務と鍛練に勤しんだ後、夜の帳が下りる頃には早々に床に就いてしまう。
よく晴れた昼下がりなどには、このように縁側で昼寝をしている姿も多々見られた。
太陽を司る彼は、空高くのぼったそこから降り注ぐ光など気にもならないようで
先ほどからずっと大の字に仰向けになっている。あまりにも気持ちの良さそうなその寝顔に
なぜだかむくりと悪戯心が鎌首をもたげて、衝動のまま、そっと彼の隣に腰を下ろした。
ごめんなさい、と心のうちで呟いてから、彼の額上に己の右の掌を宛がう。
刹那、目前の彼の、瞼がばちりと開かれた。
思わず声を荒げた己に、なに、驚かせてすまなかったと上体を起こしながら彼が笑う。
寝起きも恐ろしく爽やかな彼は、立ち上がりざま、その大きな掌をこちらの頭にぽんと乗せ
わしの夢見をのぞいても、面白いことなど一つもないぞとのたまい、ゆらりと自室へ戻っていった。
その背中を見送りながら、夢と現のはざま、己がわずかに垣間見たものを手繰り寄せる。
それは、真っ赤な手綱にがんじがらめに捕らわれた、西の総大将その人だった。
* * *
目も当てられない(伊達と家康)
潔く狂っている。
普段は人懐こい笑みを絶やさない男は、けれども確かに狂っていた。
執着と言えば聞こえはいいが、あれはすでに妄執か何かの類である。
ある日、彼の小姓が涙ながらに訴えて来た。
曰く、男は寝屋に側仕えの女を呼び寄せては、三成、三成、と抱くのだそうだ。
そんな男を不気味がって、ついには女も寄らなくなった。
時を同じくして、彼がむすりとしているところを見るのが多くなったように思う。
家臣などの前では別段代わりだてないものの、一人になると、何か殴るものでも探しているように
終始両の拳を付き合わせているようになった。男は、身のうちにうごめく感情を持て余していた。
そんな彼を気遣って鍛練に付き合った折にも、三成は強かったであろうと
こちらに羨望の眼差しを向けながら嬉々として言ってのけるので
そのむき出しの腹を竹刀で一突きした後、盛大に舌打ちをくれたやった。
ああ、胸糞が悪い。