さよならのあらし

雨の降る音がする。
夕方より降り出したそれは未だ止む気配を見せない。
わずかに開けられた襖より、ぬるく湿った風が通り抜けた。
すん、と鼻を鳴らしてみると、わずかに金木犀の香りがする。
秋は嫌いではない。まもなく西より登り来る月が美しく見えるためである。

石田は先ほどから文机に向かったままである。
雨が、瓦に土にあたってはじけるのに混じって、時折紙をめくる乾いた音がする。
三成、と呼んでも返事はない。刑部が持参したという兵法の書物を読み耽っている。
その後ろ、畳の上に肩肘をついて寝転ぶ己には少しも興味を示そうとせぬ。
何かにひとたび夢中になると、もうそれしか見えなくなるのだ。
そしてそれは書物だけに留まらないこともよく知っている。
太閤といい、竹中といい、刑部といい、まこと羨ましい限りである。

もう一度、三成、と呼ぶ。
彼の美しく伸ばされた背と、首の後ろで切りそろえられた銀の髪を見ているのにも
そろそろ飽きてきたところだった。寝転んだまま、彼の細い腰に両の腕をまわした。
三成。・・・貴様、今ここで斬られたいか。はは、それだけは勘弁だ。
丸みとか、柔らかさとかとは縁のない男の横腹あたりに頬ずりをする。
身を捩りもがく石田の、着物の合わせ目にてのひらを差し入れ締まった腹の筋を撫でる。
それでも足らず、上体を徐々に起こしながら彼の冷たい肌に下から上と指を這わせた。
書物を繰る手を止め、すっかり身を固くした石田が瞼をきつく閉じているのを見とめて
充足感と罪悪感が同時に胸中にこみあげて来るのを感じる。
石田が己の手中に落ちた頃からもうずっと、耳元で誰かが囁いている。

どうせいつかは、裏切るのだろう。

けれども、それでも、つながりたいのだ。
曇りないあの瞳で、己を見てほしいのだ。
皆を呼ぶあの声色で、己を呼んでほしいのだ。
欲しいのだ、ただ、彼が欲しいのだ。

どうせいつかは、裏切るのであろう。
悲しいかな、恐らくはじめてその時に、彼の心は己で埋め尽くされるのだ。
それ程にただ、彼が欲しいのだ。





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