ただ無邪気(真田と刑部と三成)

この男がものを口にするところをはじめて見た。
思わず箸が止まってしまったのを大谷に見とがめられ、はは、と笑われる。
虎の若子は、心のうちがよう顔に出る。
それは、自国におった折からよくよく耳にしてきたものだったので
羞恥を殺し、申し訳ないとすぐさま平伏すれば、なに本人は気にしておらぬと
上座で静かに箸を進める石田を見やって大谷はそうのたまった。
白布で幾重にも覆われた目元が、わずかに緩む。
石田の白く節ばった指が、漆黒で塗られた箸を器用に操っていた。
膳に並んだ焼き魚を丁寧にほぐし、骨と身に取り分け、薬味と共に口へと運んでゆく。
ぴんと伸ばされたままの背筋と、伏し気味の瞳をふちどるまつげの揺れる様を見て
石田殿は、まこと美しいお人でござるなあと思わず漏らした己に一瞬呆けたような顔をした後
彼が、苦虫を潰したような表情へとって変わった理由が未だ分からずにいる。


* * *


逃がしてあげる(刑部と三成と長曾我部)

襖がすぱんと小気味よく開かれたかと思えば、主が大股で部屋に入って来た。
平素の主らしからぬ粗雑な振舞いに首を傾げていたところ、黙ってここに匿えと言う。
数刻ほど前、西の軍門に新たに加わった西海の鬼が正式な同盟の書を持参したところであった。
まこと、海のような穏やかさと大らかさと豪傑さを兼ね備えたこの男は
同時にひどく面倒見も良いようで、事あるごとに主にものを食わせたがるのだ。
曰く、骨と皮が歩いているように感じる、らしい。
今部屋の隅に腰を落ち着けた主は男が来訪する度に、こうして城中を逃げ回る。
まるで隠れ鬼よの、と後ろの主に声をかければ、下らぬ、と一蹴されて終わった。
さて、親愛なる我が主のため、鬼へとなんと繕ってやるべきか。
いよいよ向こうの方から主の名を呼ぶ大きな声が聞こえてきた。




タイトル
はだし様:
http://nobara.chu.jp/sss/index.html