沈黙の中を慈しんで(刑部と家康)
主の部屋を訪れると中から彼のものとは違う人間の気配がしたので
襖に伸ばした手をわずかに止めた。すると間髪入れずに刑部だな入れと声がかかったので
ああやはりと思いながら離した指を再びそこにかけ、音を立てずに横に引く。徳川である。
文机を隅に置いただけの簡素すぎる空間にその存在はある意味異質にすら感じられた。
主が、もとより細く横に長い目をさらに歪めて徳川を見ていることは知っている。
ただひたすらに、まばゆいのである。己には、凡そ耐えがたい程に。
主は、徳川のひざをまくらにして横になっている。
膝を抱え小さくうずくまるようにしているその様は、母にすがり甘える、童子のようにも見える。
静かに寝息を立てる主の糸のような銀の髪を撫でながら徳川はのたまう。
ようやっと懐いてくれたのだ。ほんとうに、やっとだ。
その声の何と穏やかなことか。嬉しいやら、妬けるやら。
* * *
おまえはなにでできている(家康と三成)
一度だけ、石田のひざの上で眠ったことがある。
豊臣に参入して間もない頃、肉体的も精神的にもただひたすらに弱い己を
目前にまざまざと突き付けられる毎日にどうにも我慢がならず
自室でひとりすすり泣いているところを、竹中からの伝言を賜り
部屋を訪れたという石田にうっかり見とめられることとなった。
だらしのない、女々しい輩だ。貴様それでも誇り高き豊臣の人間か。
そのような言葉が雨あられとばかりに浴びせられるのであろうと覚悟していたが
鼻水と涙と涎とで顔をぐちゃぐちゃにした己を、意外にも彼はちらりと一瞥したのみで
そのまま己の隣に静かに腰を下ろし、何をするわけでもなくそこに居続けたのであった。
やがて泣き疲れて眠ってしまった己がふと意識を取り戻した時
彼のひざに縋るように横になっている己の髪を梳きながら彼が小さく口ずさんでいたのは
あれは確かに子守唄だったように記憶している。
タイトル
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