笑わないこども、素直でないこども
あの子に話しかけても無駄だよ、と里の子どもが話をしていた。
何を言っても返事をしないし、笑いもしない。
手なずけた鴉にばかり構っていて、気味が悪い。
そう吐き捨てた子どもは次の日、水歩の鍛練中に溺れて死んだ。
以来、彼の悪口を言うと呪い殺されると、里の子どもの間で実しやかに囁かれた。
正直に言えば、興味がないの一言に尽きる。
あの子どもが死んだのは、呪い云々と言うよりただの不注意であり
あれを機にますます避けられるようになってしまった彼を不憫にすら思った。
彼について強いて言及するならば、あの長すぎる前髪で果たして前が見えているのかどうか
という、いたって素朴な疑問のみである。我ながら、本当に興味がないのだと思う。
一度、彼と組んで山に任務に出向いたことがある。
任務と言っても模擬のようなもので、近くで偶然に起こった戦の戦況を確認し
里へ報告に戻るというただそれだけのものであったのだが
その最中に、鉄砲の流れ弾が右のふくらはぎに当たり、怪我を負ってしまった。
思いのほか出血が激しく、たちまち歩行困難になった自分を
彼はひょいと横抱きにし、そのまま森を駆け抜けて、あっという間に里まで戻って来てしまった。
初めは何が何やら分からなったが、里に着き、ようやく彼の腕から解放されたところで
体中から妙な汗が噴き出したのを覚えている。彼は、心臓に悪すぎる。
後日、彼に礼をすべく小屋を訪れたところ
鴉に餌をやっていたその人は、ちらりとこちらの脚を窺い、こくりと一つ首肯した。
恐しく無表情ではあったが、こちらを気遣っているのだろうということにして
素直に、ありがとう、と述べた。すると彼は、もう一度、首を縦に振った。
鴉が、かあ、とけたたましく鳴いた。
彼に興味が有るわけでは決してない。
けれども、あの前髪をばっさり鋏で斬ってしまって、その下にどんな顔が隠れているのか
見てみたいかもしれないなあと、今では少し、そう思っている。