とうに逆転

派手な上、やたらと大柄な男だと聞いていたのですぐに分かった。
あちらこちらに愛想を振りまきながら、道行く者に次々声をかけ、またかけられている。
なので、先ほどからどうにもこうにも歩みが進まない。
子猿が肩口できいきいと鳴いて時折主人に頬ずりをしている。
それに気づいて、指先で軽く頭のあたりのやわらかい毛を撫でる指の、なんといかついことか。
軽々と朱槍を担いで往来を闊歩するその様を見ても
前田慶次という男がかなりの怪力の持ち主だということが分かる。
ほどよく引きしまってはいるものの、まだまだ線の細い己の主がふと脳裏に浮かぶのと一緒に
そう言えば団子を買って来るように言われていたことも思い出して佐助は嘆息した。

京には、西の情勢を探るために来ていた。
信玄からじきじきに依頼された人物の監視や、忍び同士の情報交換などやることはさまざまあったが
大方の任務を終えやっと一息つけるかという頃合いで偶然前田慶次に出くわしたのだ。
ここまで来たらもののついでだと、軽い気持ちで後をつけた。
ようやっと彼が群衆から抜け出したのを見届けて、気配を殺し後を追う。
時折、子猿とじゃれあう声がする。もしかすると、案外淋しい男なのかもしれない。
大通りからじめついた薄暗い路地に入り、家屋の並ぶ狭い道をすいすいと通りぬけてゆく。
身体つきに反して、身のこなしがひどく軽い。少し距離を取って歩いていたが
前を行く男の、頭の高いところで括られた髪がゆらゆらと揺れるのが道しるべのようだった。
ふたたび大きな通りに出て、橋を渡り、彼が腰を落ち着けたのは
川沿いにぽつんとそびえ立つ大きな桜の木の根元だったので、佐助はそこで逡巡した。
薬売りの姿をしていたものの、身を隠すのに手頃な遮蔽物が何もない。
これ以上の詮索は無理かと判断し、何食わぬ顔で彼が背を凭れかけている
太い幹の後ろを通り過ぎようとしたところ、突然、ねえ、と声をかけられた。
無視しないでよ、そこのアンタに言ってるんだ。
後ろに目でもあるのかこいつは。仕方なく立ち止り、彼に応える。
お兄さん、薬が欲しいのかい。いいや、俺はいたって健康だよ。
彼はこちらをちっとも見ない。頭の後ろで両手を組んで、川に向かって話をしている。
そりゃあよかった。じゃあ俺は急ぐんで。さようならと広い背中に声をかけようとした。
ねえ、アンタ、さっきからずっとつけて来てたでしょ。
川面が、ゆらりと波打ったかたと思えば風が両の頬を吹き抜ける。春のそれは、いまだ肌を刺す。
前田の髪飾りが風に流れるのをぼんやりと見送った。はて、いつから気づかれていたのだろうか。
どこの誰かは知らないけど、黙って後をつけるなんてしないでさ、正面切って会いに来てよ。
遅れて、薄桃色の花弁がはらりはらりと落ちてゆく。
子猿がその一枚を両手で器用に挟みこみ、嬉しそうに鳴いた。
お近づきのしるしに、あんたにこの桜を見せてやろうと思ってね。
そう言って、彼がようやくこちらを振り返った。いかにも人好きのする笑みは主とどこか似ている。
つけていたと思っていたのが、いつの間に彼に導かれていたとでもいうのだろうか。
どいつもこいつも侮れないなあなどと考えながら、彼へと一歩、足を踏み出してゆく。

 

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