だけどそれに欲情(戦国/さなだて)

喉が、ゆっくり上下するのを見ている。
美しい稜線を描いて隆起するその場所には、昨夜己がつけた犬歯のあとがくっきり残っていて
白い肌の上にやけに目立っている。ひどく居た堪れない気持ちになって、真田は喉元から目を逸らした。
目前の伊達は、いましがた用意された夕餉の焼き魚をゆっくりと咀嚼している。
皿の上には丁寧に小骨が取り分けられていて、その作法のひとつをとってもみても
彼の育ちの良さがうかがえるようで、真田は、ほう、とため息をついた。
無体を強いているという自覚はある。しかし最中になるとそのような考えなど
どこか遠くへいってしまうらしく、気づけば自分の下で彼が眉根を顰めて肩で息をしている。
額に張り付いた彼の柔い髪を手ですいてやる。そこではじめて、申し訳ないと思う。その繰り返しである。
真田、とふいに名を呼ばれた。
皿から目を離し彼に向き直ると、背中、とのたまう。だいじょうぶか。
瞬間、背骨の、腰から首のあたりにかけて、ぞわりと何かが駆けあがった。
己の背中には、いま、竜の爪痕がある。彼がつけた、愛しい傷である。
これくらい、大事ありませぬ。
脇の下から腕をまわし、耳元で必死に己の名を呼ぶ彼が脳裏に浮かんだ。
真田はそれらを振り払うように、目前の魚の、焦げた皮を剥ぐのに集中した。

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甘い冷やかし(戦国/成実と伊達で上のつづき)

元来好奇心は強い方だ。
なので、見つけてしまったものには者申さずにはいられない。
梵の、白い喉に残るわずかに赤い痕について尋ねると、彼はにやりと口元をゆがめた。
犬に噛まれたのだと、そう返される。そうして、喉仏のあたりを柔く撫でる。
何かを確かめるように。何かの感触を思い出すように。
そのような大仰な傷をつけて犬のせいだとは聞いて呆れる。
大方、虎の間違いだろう。

 

 


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