まどわすのは、その赤

鮮烈な赤に目が眩んだ。
あちらこちらに植えられた山もみじの落葉が、庭一面に敷き詰められている。
その、まがまがしいほどの色に思わず伊達は顔をしかめた。
すると、隣に立っていた男が間髪いれずに、お気に召しませんでしたかと尋ねてきたので面食らった。
どこかの誰かと違って、この男は人の心の機微にえらく聡いらしい。
赤は、あまり好きではない。血の赤。肌の下を流れる温かい色。もみじの色。夕日の色。
それから。ふとあの赤備えの暑苦しい男の顔が思い浮かんだ。
もういつの頃からか、赤を見ると、一瞬にして心が塗り替えられてしまう。だから、赤は嫌いなのだ。
脳裏の男の影を振り払って、小さいながらもよく手入れの行き届いた庭を褒めれば
それはよかったと、隣の男は微笑んだ。その顔は、どことなく彼に似ていた。

用向きで上田を訪れた折り、真田源三郎信之に面通した。
お初にお目にかかると、両手と頭を畳につけたその男が、ゆっくりと顔を上げる。
互いの視線がばちりと絡み合うと、彼は穏やかに目を細めた。
正直、あまり似ていないと思う。
そう歳の離れた兄弟ではないということは弟の方から聞き及んでいたが
纏う雰囲気だとか、ひとつひとつの所作だとかが、弟に比べて、やけに大人びているように見えた。
ただ、意思を秘めた深い色の瞳は真田家特有のものらしく、妙に落ち着かなかった。

源二郎から、貴殿の話をよく聞かされておりました。
庭の赤から少しも目を逸らさずに源三郎はのたまう。風が吹くたびに、赤が、ざわわと音を立てた。
青い、竜のようなお方だと。刃を交えるたび、心が熱くたぎってやまないのだと。
そう、申しておりました、と、庭から目を離し、今度はこちらの方に視線を寄越す。
自分より少し高いところにある眼の奥に、小さく自分が映り込むのが分かり、伊達はやや乱暴に庭に向き直るった。
けれども、視界いっぱいに飛び込んできた赤に再び目が眩んでしまい、次の反応が若干遅れた。
己の耳のすぐ側で、彼の低い声がしずかに囁く。
…そして貴殿は、それはそれは美しいお方だと。
はっとして彼の方を振り返った伊達の頬に沿うようにして、源三郎の片方の手が柔く触れた。
体が、金縛りにでもあったかのように動かない。やっとの思いで目だけを彼の方に向けると
紅蓮の彼の双眼がそこにあって、伊達はいよいよ動揺した。
その目は、その触れ方は。


そこで何をしておられるか、兄上。
突然、後ろから凛とした声が上がり、それを合図に呪縛が解けた。
源三郎も、何事もなかったように、触れていた手を、ふ、と離す。
そうして、庭に面した廊下を歩いてこちらに近づいてくる弟に、お帰り、と微笑んだ。
竜の彼と少し話をしていたんだよと、子どもをあやすような口調である。
すると紅蓮の彼は、伊達と源三郎の間にするりと割って入り、兄をぎりりと睨みつけた。
留守中のご対応、感謝致します。けれど、伊達殿は某の客人故、これにて失礼仕ります。

そうのたまうと、伊達の一方の腕を取り、今来た廊下を足早に去っていく。
伊達は、足がもつれそうになるのを必死で堪えながらも
やけに安堵している自分に気づいて赤面した。
掴まれた腕から伝わる熱は、彼の感情をそのままに
じわりじわりと己の身のうちを焦がしていくのが分かった。