さわやかな朝(さなだ車掌さんとリーマン伊達さん)

「あれ、今日は早いですね。」

後ろから耳慣れた声がしたので振り返ってみると
やはりそこには彼がいて、こちらと目があった瞬間
帽子のつばの先を軽くつまんで会釈してきた。

「おはようございます。」
「・・・おはようございます。」
「今日はいつもの時間よりすこし早いんですね。」
「ええ、まあ。今日は朝一で会議があるんで。その準備です。」

朝にふさわしい、さわやかな笑顔をこれでもかと見せつけられて
思わず視線を反らしてしまった。
徹夜明けで、目にくまをつくった自分などには到底出来ない芸当である。

「もしかして、寝不足ですか?」

彼の視線が自分の目のあたりを捕らえたのが分かる。
赤の他人のくせに、こちらがいつも乗る電車の時間だとか
体調の良しあしまでどうしてすぐに気付くのか。
なぜか無性に腹が立ったので、…まあ、そうですと適当に流したところで
アナウンスと共にホームに電車が進入してきた。助かった、と思った。
じゃあ、これで、と開いた扉にそそくさと足を向けると
閉まりゆく扉の向こう側で、彼の唇が「がんばって下さい」と形作ったを見て
伊達は盛大に顔をゆがめた。

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あかとしろ2(梵天丸)

やがて彼は目を覚ました。
なぜだかとても良い気分だったので、
すぐに布団を抜け出し障子を勢いよく開け放つ。
朝日が眩しくて、ほんの少し左の網膜が焼けた。

昨夜からの雪で、庭は一面、白で覆い尽くされている。

目前に広がる白銀の世界に、彼はほう、とため息をついた。
ただひたすらにきれいだった。
だから、このまま何かも白に埋め尽くされてしまえばいいと思った。
どす黒い感情も、愛されたいと願う心も、このからだを流れる血潮さえも
一滴残らずすべて綺麗に覆い隠して、白に埋もれて。
誰にも見つからないよう眠りたい。
庭先の赤い椿の花びらが、音もなく白い地面におちていったのを、
彼はぼんやりと見送った。