みえるひと1

死期が迫った者の影は、他人のそれより少しばかり薄い。
奥州独眼竜政宗の、眠り燈台の灯りに映し出された影が、背後の襖でわずかに揺れるのを見て
ああ、終にこの人もかと佐助は思った。つい先日こちらに偵察で赴いたときには
彼も、彼の影も別段代り映えしなかったというのに。
まこと死というものは、時も場所も、人すらも選ばずに唐突にやってくるものである。

佐助は、自分の存在に気づいているだろうに、決してそのようなそぶりを見せず
文机に肩肘をつき、気だるそうに煙管をふかす伊達の後ろ姿と
彼の、襖に映り込んだ薄い影を交互に見やって
はあ、とため息をついたのち、音も無く天井裏から姿を消した。
潜んでいた城を抜け出し、闇夜に紛れて森の間を駆け抜ける。
先ほどから己の主の顔ばかりが脳裏をちらついて、やけに落ち着かない。
武田以外の者の生死について、端から興味などはないが
これを主に伝えずにいなければならない心労を思うと
それだけで胸のあたりがもやもやと重くなる心地がした。
そうして、また佐助は小さくため息を漏らした。


ほどなくして、やはり独眼竜政宗が討死したとの知らせが甲斐に届いた。
その事実を淡々と主に伝えながら、彼の顔がどんどんと呆けていくのを見て
佐助はただただ、ごめんね旦那と心のうちに繰り返した。

 

 


 

みえるひと2

 後ろで障子が閉じられて、右目の気配が完全になくなるのを息を潜めて待っていた。
まさかほんとうにここにいるとは思わなかったので、正直言うと、少し呆れた。
独眼竜、と部屋の隅に声をかける。
右目の彼には見えていなかったものが、自分にはずっと見えていたのだ。
部屋は、昼間にも関わらず薄暗く静かだった。じっとしていると、薄ら寒い心地すらする。

先ほどから、ちりちりと首筋あたりに刺さるものがあった。
死してもなお彼の纏う空気は生きているようだ。思わず、笑ってしまうくらいに。
何が可笑しいと彼は言い、切れ長の目をさらに細める。瞳の奥がぎらぎらと揺れるのを見た。
分かりやすく放たれた殺気に、ここで斬られちゃあかなわないと
一歩後ろに下がって間合いを広げたところで
ああ、彼は死んでいたのだと改めて思い返して、今度は声を上げずに、口元だけ緩めた。
なぜここに?それはこっちの台詞だ、前田の。俺は、アンタの墓参りに来ただけだよ。
そしたら、目の前に本人がいたから、驚いた。
すると彼は、ほんの少しばつの悪そうな顔して、ああ、とか何とか言いながら頭の後ろを掻いている。
白の死装束ではなく、いつもの青い戦衣装を身に纏うあたり
まだまだこちらに未練があると言うことなのだろうか。
弔辞を述べに奥州を訪れた自分を案内する右目の
後ろのあたりにぴたりと寄り添って離れなかった彼を思い出して
真田のところには行かないのではなく、行けないのだなと思った。