※真田兄(源三郎さん。「真田太平記(池波正太郎著)」ベース)が出てきています。
性格、出生についての原作のネタばれ、管理人による妄想ねつ造が含まれますので、苦手な方はお戻りください。
蛇に睨まれたような
いつのまにそのような目をするようになったのかと兄は言った。
しばらく見ぬ間にひどく大人びたな、と。
源二郎は、兄、源三郎の前に座し、両手を畳に付けて伏していたが、
面を上げると何とも言えない表情を浮かべた。
兄と久しぶりに面通した。部屋に入ってまだ挨拶しかしていないというのに。
昔から、彼相手にはいかほども隠し事が出来ぬ。
奥州の、と源三郎は口を開いた。竜と仕合ったそうだが。
自分のより幾分色の薄い茶の瞳がこちらを真直ぐに捉えた。
いよいよ、源二郎はぐうの音も出ない。はい、と力なく答えるだけである。
嫌な汗が背筋をつ、と伝って行くのが分かった。
夏の夕暮れ時、障子を隔てた外庭からはじわじわという蝉の鳴き声と虫の音が聞こえた。
暑いのやら、はたまた薄ら寒いのやら。もはや源二郎には分からない。
周囲の誰の目から見てもいつも穏やかで聡明な兄は、
その実ひどく強かな一面も併せ持つ。
事実をありのままに受け止めて、そしてそれを巧みに利用してしまう。
例えそれが、自分にとって苦々しく受け入れがたい事実であったとしてもだ。
俺には、そのようなことはとても出来ないと源二郎は思う。
もともと折り合いの良くなかった母からのらりくらりと逃げ回っているうち、
母のそばにいることを許された兄とまでも疎遠になってしまったのだから。
逆に、源三郎は父に用のあるときはいとも簡単に源二郎を呼びつけ、進言を依頼してくる。
しかも、お前の言葉として伝えればよい、とまで言うのだから、
兄の心情を察すればこちらの方が恐縮してしまうものだ。
そうして源二郎は二つ返事で心得たと返す以外の術をしらぬまま現在に至っている。
その兄が、なぜ独眼竜とのことを知っている?
すると、よほど訝しげな顔つきをしていたのか源三郎がこちらを見て、
は、と声を上げて笑いだした。いやいやかように警戒するな、と目を細める。
ただ、な。佐助から聞いたのだ。奥州の独眼竜と合間見えてから、お主の様子が目に見えて変わったと。
源二郎は、はあ、と答えながら心のうちで盛大に舌打ちをした。
あいつめ余計なことを、と草屋敷で休んでいるだろう忍びを呪った。
さて、独眼竜とはどのような男であったか?
源三郎の目には明らかな興味の色が見てとれたので、源二郎はいよいよ脱力しそうになる。
この兄に目付されたとなれば、あの独眼竜でも一筋縄では応対できまいと、
どこか人ごとのように感じながら、源二郎はぽつりぽつりと蒼い竜のことを話始めた。