あと少し(佐助)
闇夜を駆ける影が一つあった。
森の中、音も無く風のように木々の間を抜けていく。
背後に迫る複数の気配には既に気づいているようで
誰に聞かせるでもなく、ちい、と小さく舌打ちをした。
ぱっくり開いてしまった左肩からは止めどなく血が溢れだしている。
止血する間もなかったのだが、お陰でいとも簡単に足取りを辿られてしまった。
上田まではまだ遠い。味方の忍びの気配もここにはない。
ああ、早く帰りたいなあと思った。
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光が創る闇(佐助)
ざぶりと水を蹴って湖の奥へ奥へと進んでいく。
すると水面に浮かんだ丸い月がゆがみ、形を無くした。
急いで、血と泥を洗い流さなければならなかった。
周囲に追っての気配はないが、撒いたという確証もない。
そこかしこに落としてきた血の匂いを辿られればすぐに見つかってしまうだろう。
ろくな手当てもしていないまま水につかったので傷口にするどい痛みが走ったが
佐助は一心不乱に水をかぶりつつけた。
どれほどそうしていたかは分からないが
水からあがったころにはすっかり体が冷え切ってしまっていた。
湖から少し離れたところにある幹の太い木の根元に蹲るようにして身を隠すと
濡れた衣服を脱ぎ、乾いた布で全身を拭いてから、傷ついた体に簡単な手当てを施す。
用意していた真新しい着替えに身包んだところでようやく一心地付けた。
佐助は先ほどまで身につけていた血濡れの衣服に火を付け、その灰を丁寧に土に埋めた。
ちろちろと燃えさかる火は、かの人を思い出させた。
その温かさが、ひどく懐かしく感じた。
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触れる指先(真田主従)
どさりという物音がしたので、咄嗟に得物を持ち、勢いよく障子を開け放った。
すると庭先に自分の忍びが蹲っていたので真田は得物を放って急いで彼に駆け寄った。
彼を抱え起こして、佐助、佐助と声を上げる。
すると腕の中の彼はまぶたをうっすら開いて、だんな、と小さくつぶやいた。
その口元には血が滲んでいる。思わず指の腹でそこを丁寧にぬぐってやると
忍びはそれはそれは嬉しそうに目を細めたので、苦しいから離してと言われるまで
きつく抱きしめてやった。
special thanks!
両忘様(http://ryoubou.org/)