待ち人は今宵も訪れず

庭の木々がざわざわと音を立てて枝葉を揺らした。雲の流れがはやい。
真田は鼻をすんと鳴らして、明日は雨になるなと心のうちに呟いた。
せっかくの十五夜だというのに、肝心の月は先ほどから雲の合間に見え隠れするだけだ。
白い夜着に身を包んだ真田は縁側に腰かけ、低く雲の覆う空を見上げていたが
それにも飽きて、佐助に用意させた月見団子を菓子台から一つ摘まんで、口に放り入れた。
独特の甘い香りが鼻孔をくすぐる。口をもぐもぐ動かしながら、うまいと独りごちた。
うちの忍びは、戦よりよほど厨房をあずけた方が良いのではないのか。
そんな取りとめのないことを考える。それもこれも、彼が空に現れてくれないからだ。

独眼竜政宗が死んでから、彼は夜な夜な縁側に座り込み、月を探すことが多くなった。
雲一つない夜も、雨の降る夜も、雪がちらつく冬の夜も、夜彼は空を見上げ続けている。
見かねた忍びがそんなことをしても独眼竜は戻って来ないと言っても
不貞腐れたような顔をして、それでもよいのだ、放っておけと忍びを追っ払ってしまうので
忍びも遂に口出ししないことに決めたようだった。

唐突に、廊下の板敷がぎしりと音を立てた。
真田ははっとして音のした方を降り返るのだが、そこにはやはり誰もいない。
一体自分は何を期待しているというのだろうか。
真田は自嘲的な笑みを浮かべ、再び漆黒の空の中に彼を探し始めた。