蒔かれた種について2

信玄の命とは言え、口応えする暇も与えず彼を眠らせてしまったのはやはり少々気が引けた。
目覚めたとき、さんざんに文句を言われるのは他でもない自分なのだ。
まったく、忍び使いが荒いったらありゃしないと内心毒付きながら、佐助は己の主をの布団の上に寝かせた。
陣で簡単な手当てを施した後、眠ったままの彼を背負い、上田の城へ戻って来たのはつい先刻。
急ぎ、落ち着いた場所で休ませてやりたいという配慮も勿論あったのだが
その実、これ以上に陣におれば、万一目を覚ました時に再び戦場に戻りかねないという懸念から
早々に引き揚げて来たと言った方が正しかった。
戦で人が多く出払っているせいか、いつもより城内が静かに感じる。
すうすうと静かに寝息を立てる主を見やり、佐助はほんの少しだけ、肩の力を抜いた。
日頃から、彼の無茶無謀ぶりには散々肝を冷やしているが
戦のことになると主は殊にその傾向が強くなった。この戦馬鹿め、と正直思う。
若いとは言え、彼は間違いなく一介の武将であり、さらに言えば一城の主なのだ。
信玄と共に、陣の奥でどかりと腰を降ろしていても何の不思議もないというのに
彼はいつも、自ら一番槍を買って出る。
そしてそれを信玄も許すものだから、まこと身を案ずるこちらの身にもなって欲しい。

主は、実に楽しそうに戦場を駆け抜け、彼の通り道には多くの屍が転がる。
自分はいつもその背中を追う。自然、屍たちを跨ぐことになる。
普通は逆だろうと常々思いながら、それでも赤い大地をひた走る。
そうでもしないと、先を行く主に一向に追いつかないためだ。

赤は、戦に向く色だと言う。
斬って、斬って、斬りまくって、いくら返り血を浴びようとも同じ赤だ。
また、敵から一太刀浴びたとしても、こちらがどれくらい深手を負ったのか分かりにくいだろうと
昔主は笑って話してくれたが、その時も今も、そんなもの糞喰らえだと感じている。

自分はただの忍びだから、彼の命に付き従うことしか出来ぬ。
意見を言うことを許されていない訳ではないし、思うところがあればそうするが
それでも主が否と言えばそこまでなのである。
だからなおのこと、主の無事を願わずにはいられない。
両手足を縛りつけて、この部屋に閉じ込めて置ければどんなに心穏やかでいられるかと
思ったことも少なからずあるが、やはりそれは自分の本意ではないのである。

結局のところ、自分は主の赤い背中を追うことが好きで、性に合っているということか。
いやはやこれも、惚れた弱みというものである。