唄い前夜

幼い頃、近所に住んでいた2つほど年の離れた親戚の誕生会に呼ばれたことがあった。
ダイニングテーブルには、特別な日らしくチェックの可愛らしいクロスが掛けられ
豪勢な料理が処狭しと並んでいる。

中でも政宗の目を引いたのは、中央に鎮座した大きなケーキだった。
白いホイップと、ケーキを縁取るように丸く並んだ苺とで
美しい飾りが施されたそれは、料理と同様、彼の母親の手造りだと言う。
チョコレートの板に、誕生日おめでとうというメッセージが入っていた。

蝋燭に火を灯し、部屋の電気を消して
誕生日を祝う歌をその場にいる全員で唄い終わった後
主役である彼が周囲に促されて、ふう、と火を吹き消した時
何故だか泣き出してしまいたいような気分になった。
この世に生まれ落ちたことを祝福されるのが
一体どういう気持なのかなど皆目見当が付かなかったが
彼をただただぼんやりと見つめる自分がひどく惨めで滑稽に思えたのである。

帰り際、お土産にと彼の母親から手渡された袋詰めのクッキーは
封を開ける前に家の近くの溝に捨ててしまった。

 

 

自室のソファに腰掛けて
先日図書館から借りてきた文庫本を読みふけっていると
側に投げ置いていた携帯電話が震え出した。
サブディスプレイを見ると赤いネオンと共に「着信」という文字。
時計を見るともう間もなく0時という頃合いだったため
こんな時間に珍しいなと思いながら通話ボタンを押した。
政宗殿、と受話器越しに聞こえてくる彼の声に、ああ、とだけ応える。
その後はいつも向こうが一方的に話始めるので
彼の言葉に耳を傾けつつ、文庫本をぱたりと閉じた。


そうしてしばらく世間話に花を咲かせていると
受話器の向こうの彼が突然話を遮って
ああ、そろそろだとのたまった。
何がだとこちらが尋ねる前に、答えはするりと返ってきた。

誕生日おめでとう。政宗殿。

彼の声が耳元で甘く響いて、鼓膜を震わす。
胸が締め付けられるというのは、このような感覚のことを言うのだろうか。
ありがとうとただの一言伝えるのに、ひどく声が掠れたような気がした。