全てを


唇を離すと彼は、はあ、と大きく息をついた。
そして唾液で赤く濡れそぼったそこを手の甲でぬぐい
こちらをぎりりと睨みつける。
その視線ですら、ただただ可愛いらしいと感じた。

お前はいつも、性急すぎる。
と言うのが彼の言い分だ。
けれどこちらからすれば愛しい人を目前にしながら
事を為すのは二人きりになるまで我慢をしていることを
むしろ褒めて欲しいものである。

今日も、奥州来訪の挨拶やらその後の歓迎の宴やら何やらを終えて
やっと寝所に通されたところで、しばらくして彼が酒瓶を片手にやって来たのだが
ずっと触れたくて仕方なかった人が目の前に一人で現れて
これで手が出ない方がおかしいというものだ。

彼が畳にどかりと腰かけ酒瓶を側に置いたのを見届けて
彼の右手をぐいと引き寄せ口づけた。
唇が触れた刹那彼の肩にびくりと力が入ったが
頭の後ろに手をやって彼の髪を撫でまわし
啄ばむように唇を食んでやればすぐに大人しくなった。

けれど、まだ足りない。

息苦しくなったらしい彼が、酸素を求めて大きく口を開いたところで
舌を差し入れ柔らかい口内を犯していく。
この行為を自分に教えたのは紛れもない彼だった。
最初はただただ彼に翻弄されるばかりだったが
だんだんと要領を掴んできた頃には立場がころりと逆転した。
そして彼が自分の腕の中で美しく乱れる様に夢中になった。

歯列の裏側を舌でなぞり、舌先を互いに絡め合ううちに
彼は座っていることもままならなくなったのか
こちらの肩のあたりを必死で掴んで後ろに倒れ込まないように踏ん張っている。
無駄な努力を、という言葉を飲み込んで仕方なく唇を離してやると
唾液の糸が二人の間に、つ、と引いた。

恨めしげな視線でこちらを射抜かんとする彼をそのままぎゅ、と抱きしめて
耳元で一言欲しいと呟けば、彼は背中におずおずと手を廻し
こくりと小さく首肯した。好きにしろ、と。


愛しいとか、そんな言葉ではとても表わすことなど出来ない。
心の奥底に降り積もるこの想いを、一体何と呼べばいいのだろうか。

 

 

表現15のお題 11:全てを
配布元→両忘様(http://ryoubou.org/)