※注意※
真田死後のお話。苦手な方はまわれ右でお願いします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

金魚の箱

ついこの前まで水をたっぷり湛えていた硝子製の鉢は
すでに棚の奥に片付けられてしまっている。
口が波打つ形をしているところが特に気に入り
多少値が張ったが周囲に無理を通して手に入れたものだった。

この小さな城の主は一昨日死んだ。
生憎用向きがあり、その死を見届けることは叶わなかったが
従者が丁重に亡骸を埋葬した庭の一角には小さな墓標まで立っていたので驚いた。

赤くて、尾の長いその金魚は長らく伊達と城の者の目を楽しませた。
餌もよく食べ、少々太り気味だったが愛着はあった。
城を開ける時などは伊達自らが念入りに世話を言いつけたため
まるで子の様子を心配する親のようだと周囲によく笑われたものだ。

けれども終わりはあっけなく訪れた。
この目で最後を看取った訳でもなく、自らの手で弔ってやった訳でもないが
間違いなくあの生き物はもういないのだ。その事実は受け入れなければならない。

 

伊達は縁側に腰を降ろし、愛刀の手入れを始めた。
今度の戦でもよく人を斬った。
赤い鬼とも見え、刃を交えたのだが、その時のことは何故だかいつもぼんやりとしか思い出せない。
ひどい時には、実はあれは夢幻だったのではないかと惑うことすらある。
感覚が麻痺するとでも言うのだろうか。
彼とその朱槍の動きを追う間は、時間とか空間とか、そのようなものは一切意味をなさなくなる。
理性はとうにどこかへ飛んでいってしまっているし、互いさえいれば、それでいいのだ。

だから、己の六爪が彼の喉を掻き切った時も
そのまま彼が仰向けに倒れて込んでぴくりとも動かなくなったのをみとめた時も
いざ止めを刺さんと頭上高く六爪を振り上げた時も
(その刹那、彼が小さく自分の名を呟いて、口から血を噴き出した時も)
何も感じなかった。だた彼しか見ていなかった。

 

赤い金魚は、従者が朝起きると腹を上にして水面にぷかりと浮いていたらしい。
脳裏にその様子を思い浮かべた時、ふと赤い鬼のことを考えた。
そう言えば彼も、腹を上にして事果てた。その事実は、やはり受け入れなければならない。