君以外ありえないの
屋上へと続く扉は気密性が高い上
錆びついてしまっているためか開けようとするとひどく負荷がかかる。
ノブを押し開けるのと同時に、ぎい、という耳障りな音が鼓膜を震わせて
何となく歯痒い思いがした。
屋上に一歩踏み出せば、曇天。
まもなくの冬の到来を知らせるように
冷えた風が遠慮なしに頬や髪をさらっていく。
周囲をぐるりと見渡せば、目的の人物はもう到着していて
幸村に気づくとと、よう、と片手を挙げた。
伊達政宗と言えばこの学校で知らないものはいない。
地元の有力な組の跡取り息子で、送迎は黒塗りの外車。
おまけに運転手は頬に刀傷のある無愛想な男だという話だが
あいにく幸村はまだお目にかかったことがなかった。
しかし政宗づてで聞く刀傷の男は噂よりもずっと穏やかな印象だっため
いつか直接会って話をしてみたいものだと秘かに思っていた。
何しろ趣味が畑いじりで、彼の作った漬物ほどうまいものはないという
政宗のお墨付きなのだから。
これで興味が湧かない方がおかしい。
待たせてしまって申し訳ないと政宗の隣に腰を降ろしたところ
なぜか政宗が破顔したので、幸村は首をかしげた。
そんなに大事そうに弁当を抱えていなくとも
誰もお前の昼飯など取らないと政宗は常々思っていたのだが
幸村には何となく言えずにいたということは、しばらくして聞いた話である。
二人並んでそそくさと弁当の包みをほどき、いただきますと
どちらからともなく箸をつけ始める。時折授業のこと、友人がしでかした失敗話、
週末の予定などの話題で盛り上がったが、午前中の授業を乗り切った疲労と空腹とで
食べ盛りの二人はあっという間に弁当を平らげてしまった。
冬が近づいて来たためか、最近は屋上にもめっきり人が来なくなった。
寒さに強い幸村は、逆に寒さにからきしに弱い政宗に
何度なく屋内での昼食を提案したものの、一向に受け入れられなかった。
その癖政宗の冬装備はセーターにマフラーにとどんどん防御力を上げている。
その理由は何となく分かっているのだが、敢えて聞こうとは思わなかった。
自惚れていると思われるのも嫌だったためである。
気休めに、幸村は自分の持っていた携帯カイロを政宗に渡したところ、ひどく喜ばれた。
弁当を食べるのにさすがに手袋までは用意して来なかったため
政宗の手は冷え切っていたらしいのだ。
それならばと、幸村は自分の両手で政宗の両手を包みこみ息を吹きかけた。
恐らく、顔を真赤にした政宗からパンチくらいは食らうだろうと予想はしていたが
うろたえる様子がどうにも可愛らしくて、手を出さずにはいられなかったのである。