あなたはあなたのままで
教室に戻ると佐助と慶次が待ち構えていて、どうであったかと幸村を捲し立てた。
そもそもの発端は今朝幸村の下足箱に入っていた一通の手紙で
薄桃色の封筒にかわいらしい字体で真田君へと書かれていたそれを
なぜか幸村本人が決闘状だと勘違いし、佐助と慶次に見せに来たことから始まる。
差し出された手紙を拝見すればそれはまごうことなき恋文という類のもので
どこをどう解釈すれば決闘状になるのか教えてほしいと二人が幸村に問うたところ
放課後校舎裏で待っているといえば決闘を申し込まれたのではないのかと
大真面目な顔して答えるたものだから堪らない。
これだから体育会系は困るのだ。
決闘では決してないから、燃え滾らないで校舎裏へ行くようにと念押しして
放課後幸村を見送った二人だったが、しばらくして教室に戻ってきた幸村が
某のことが好きだと、出来れば付き合って欲しいと言われ、断ったと答えたきり黙りこくってしまったため
さすがの幸村も初めての告白という経験に想像以上の体力を使ったのだろうと判断した二人は
これ以上の詮索は憚れると、幸村を引き連れてそうそうに帰宅の途に着いたのであった。
それ以後も、女生徒からの幸村への告白は続いたが
彼の返事は最初と同様で、現在に至っている。
確かに旦那はぱっと見爽やかで顔も悪くないし
一心不乱に剣道に打ち込む姿を見ればころりと好きになるかもしれないと佐助がからかい半分で話す通り
幸村に想いを告げた者の中には学年でも評判の美少女も含まれていたりしたのだが、結果は惨敗。
一時期幸村が周囲からのひんしゅくを買ったのも訳はない。
あんなに可愛い子が好きだと言うのに、少しくらいその気になったりしなかったのかと
ある日佐助が思わず幸村に訪ねたところ、彼は急に神妙な面持ちになり、むう、と唸った。
やはりこの話題はタブーであったかと佐助は早速後悔し
旦那の好みもあると思うから別にいいんだけどねとさらりと流そうとしたところで
そうではないのだ、と幸村は口を開いた。
俺のことなどを好いてくれる人がいるのは純粋に嬉しいことだ。
けれどそれ以上に、例えば付き合いたいだとか一緒にいたいだとか
ましてや好きだとかいう気持にはならなかった。
俺がそんな状態で付き合っても相手に失礼ではないかと思ったのだ。
佐助や、慶次殿もそうではないのか?
目から鱗とはこのことだ。
二人を見つめる幸村はの瞳は一点の曇りもなくあまりにまっすぐで
そうでなくて若いんだから可愛い子と遊びたいと思わないのだとか
別に今すぐ結婚する訳でもないのだからもっと軽く考えてもいいのではないか
とかいう意見も喉元で、ぐっと止まってしまった。
そして二人はくそ真面目な幸村に呆れる一方で
やはり彼が彼たらしめんことを証明するような考え方に
安堵するような心地にもなったのだった。
いやはや幸村にはいつまでもこのままでいてほしいものである。
そうして何とも微笑ましい雰囲気と相成ったのが
しかし幸村の次の一言でその場の空気が凍りつくことになろうとは一体誰が予想できただろうか。
それにしても不思議なのだが、
告白を断った後誰かほかに好きな人がいるのかと問われると
なぜか決まって伊達殿の顔が浮かぶのはどうしてなのであろうな?
爽やかなもの言いとは裏腹に地雷だらけのその言葉に
二人は力なく笑うことしかできなかった。