透明傘

 
 
昇降口を出ると雨が降っていた。
政宗は制服のポケットから携帯電話を取り出し
着信履歴から小十郎の番号を呼び出したところで
朝食の折、今日は所要で迎えに来られないと彼が話していたのを思い出し
ため息と共に携帯電話を閉じた。
折りたたみ式のそれの、ぱたんという音が妙に虚しく感じる。
さぁて、どうするかな。空を低く覆う曇天を見上げながらぽつりと呟くと
それに応えるように隣から声が降ってきたので、政宗は少し驚いた。
雨の音にかき消されて、自分に近づく気配に気づかなかったのだ。
言葉を掛けて来た人物―ばさりと傘を広げてこちらを真直ぐに見つめる真田幸村その人は
良ければ途中までお送り致すと、広げた傘を少し傾けた。
その甘い誘惑に、断る理由が一つも見当たらなかった政宗は、誘われるまま彼の懐に滑り込んだ。


小十郎が都合の悪い日は、政宗は電車で通学をしている。
一方幸村は、デパートや飲食店が立ち並んでいる繁華街の
駅を挟んで反対側に広がる住宅街に住んでいるため徒歩通学らしく
駅までならば通り道だから気にしなくても良いと、政宗からの礼に応えた。
出会ったばかりのころはただただ暑苦しいという思いが強かったが
しばらく時間を共有してみるとふとした瞬間に非常に大人びた対応をすることがある幸村を
政宗がおもしろい奴だと感じるのにそう時間はかからなかった。
 
 
駅まで並んで歩く道すがら、政宗はある疑問が頭を過ったので、幸村に問うた。
というのも、今朝の天気予報では、終日曇りの予想が出ていたため
政宗もそれを信用して傘を持参しなかったのだが
一方できちんと傘の用意をしていた幸村にその理由を尋ねると
彼は傘を持つのとは逆の手で自分の鼻を指差し
雨の気配は匂いで分かるのだと言うものだから
これにはさすがの政宗も吹き出してしまった。
 
お前、ほんとに犬みたいな奴だな。
なっ!犬とは失礼ではござらぬか!某れっきとした人間でござる!
政宗からのあまりの言い分に、幸村は心外だとばかりに声を荒らげた。
聞けば、幼い頃から知らずに身に付いた習性らしく、幸村自身不思議に感じているそうなのだが。
けれどこの能力のお陰で今までに雨に濡れたことなど滅多にないし
今日もこのように伊達殿を濡れ鼠にせずにすんだ、と幸村は笑った。
その言葉には犬と呼ばれたことに対するささやかな報復も含まれているのだろうが
傘に「入れさせて」もらっている身分である自分に、これ以上幸村をからかう余地はなく
政宗は素直に礼を述べた。
 
いや、これは役得でござるよ。たまには雨もいいものでござるな。
幸村はそう言い、ほら、もっとこちらに寄っていただかないと濡れてしまう、と政宗をぐいと引き寄せた。