暗黙情事

思わず、あ、と口から零れおちていた。
そしてその声に反応して、びくりとこちらを振り返った幸村は、慶次の姿を認めて口をあんぐりと開けた。
まるで合わせ鏡だ。今の俺も、きっとあのように間抜けな顔をしてるに違いない。
慶次は自分に出来る精一杯の笑顔で、今しがた開けたばかりの扉をもう一度閉め直した。
お邪魔しましたという言葉が、やけに乾いて響いた気がした。
 
いつからは正確には分からなかったが、幸村と政宗がそういう仲だということは知っていた。
男同士だとかいう偏見は不思議となく、むしろ、お互い好き合っているのが手に取るように分かっていたから
なるようになったと思ったくらいだった。けれど、だけれども!ここは教室ですよお二人さん!
 
 
 
一度帰路についたものの、数学の課題が出ていたことを思い出し、
わざわざ教科書を取りに教室に戻ったところで、まさか幸村と政宗の逢引現場に遭遇してしまうとは。
今まさに、虎が竜を食わんと欲す。
政宗を抱きしめ、こめかみのあたりに口づけを落とす幸村と、それを大人しく受け入れる政宗。
ほんの一瞬の出来事だったはずなのに、その衝撃故に脳裏に鮮明に残っている二人の残像を振り払いながら
慶次は自分の運の悪さを呪わずにはいられなかった。
幸村はまだいい。問題は彼の背中隠れていた、政宗の方だ。
独占欲の強そうな彼のことだから、思わぬ乱入者に雰囲気をぶち壊されてさぞかしお怒りに違いない。
顔が見えなかった分、なおのこと反応が気になって、むしろ怖い。
慶次は昇降口への廊下を足早に進みながら、しばらくは政宗に合わす顔がないなと暗澹たる気分になった。
課題のことは、もはやすっかり頭から消え去っていた。