猫の話2
一匹狼と云うよりは、むしろ猫のように感じた。
気だるそうに授業を聞き、時たま窓から外を眺め、空を飛ぶ鳥たちを見つめ
休み時間になればふらりと居なくなる。
行動が、昔近所にいた野良猫にそっくりだと思った。
せっかく餌を差し出すのに、元親が見ている間は決してあり付こうとしない。
ただ離れたところからじっと見ている。
だから元親は餌をおいて静かにその場から去る。
そんなに警戒しなくとも良いではないか。とって食おうという訳でもあるまいし。
こんな面倒なやり方しか出来ないのならば止めればいいのにとも思ったが
やはりどこか放っておけず、結局懐くまで餌をやり続けた。
面倒なもの程、時間が経てばなおのこと愛着が湧くし、何よりおもしろいではないか。
果たしても彼も、同じ方法で懐柔できるだろうか。
とりあえず、紙パックのコーヒーを、彼の机の上に置いておくことから始めてみようかと思う。
猫の話3
変なのに目を付けられたと思った。
教室に戻るとなぜか自分の机の上に紙パックのコーヒーが置いてあり
自分の前の席には本来その席ではないはずの男が座っていて
政宗が戻って来たことに気づくとひらひらと手を振って見せた。
確か、ちょうそかべとか言ったはずだ。
政宗は人の顔と名前を覚えることが非常に苦手だったが、
大柄、白髪、隻眼、という身体的なインパクトと相まって珍しく記憶に残っていたのだ。
ここで踵を返してしまうことも考えたが、
まもなく授業も始まるという頃合いだったため、政宗は諦めて自分の席に着いた。
コーヒーと、目の前の人物の存在には敢えて触れずに、鞄から次の授業の教科書を取りだす。
一体何の目的があって、この男はここにいるのだろうかとちらりと前を窺ったところで
向こうもこちらを見ていたのか、思いきり目が合ってしまった。
反射的に、まずいと思った。
男の眼が、呑まれそうな色をしていたからだ。揺るがない。
こうゆう奴は要注意なのだと、政宗は短い人生経験の中で嫌と言うほど悟っていた。
例えば小十郎も似たような眼をしている。
自分に何かしらの影響を与えていく眼だ。良くも、悪くも。
こいつは一体、どちらだろうか。逃げられない。
それ、と男は机上のコーヒーを指差し言った。お近づきのしるしにお前にやるよ、と。
拒否権はきっと、ないのだろう。
政宗は、はあとため息をついて、お近づきのしるしとやらに、おずおずと手を伸ばした。