りんごの話

 
赤い皮がするすると剥がれていくのを、幸村は息を止めて見ていた。
白く、節の長い指と刃物の鈍い光に、えも言われぬ艶めかしさを感じ
知らず、ごくりと喉が上下する。
 
赤は好きだ。
秋の訪れを鮮やかに告げる紅葉の色であり、空腹を満たす林檎の色であり、滾る血の色でもある。
幸村はそのどれもをよく好んでいた。
 
 
一日、布団から出ない生活というのはなかなかに退屈だった。
やはり風邪などは引くものではない。体は鈍るし、佐助や慶次に会えないのも淋しい。
そして何より政宗の顔を見られないというのが覿面に効いた。
それだけで、気分は落ち込み、余計具合が悪化するかと思ったくらいだ。
病は気からとはよく言ったものである。
しかし、夕方になって真田家を政宗が訪れた。これには幸村も非常に驚いた。
政宗の携帯電話に、今日は風邪で休むとメールは送っていたのだが、
わざわざ家にまで来てくれるなど考えてもみなかったからだ。
 
そして今、政宗は母親に通されて自分の部屋にいる。
さらに言えば、自分のために買ってきたという林檎を、手づから剥いて食べさせてくれるらしい。
正直、これだけで風邪など治ってしまいそうな気すらするのだから
幸村は自分の調子の良さに笑ってしまいそうになった。
皮を、途中で一度も切らすことなく剥き切った政宗は
林檎を手頃な大きさにカットして、幸村に差し出した。
 
 
林檎は好きだ。空腹を満たしてくれる、みずみずしい赤。
けれども今はそれよりも、目の前にいるだけで血が滾って止まない
この人を食べてしまいたいと思った。